壱岐の島 新春マラソン大会

連休を利用して「壱岐の島 新春マラソン大会」に参加した。

12日に壱岐に渡り、午後から観光バスで島内観光をした。体を飛ばされるほどの猛烈な風(おそらく風速20mを超えていただろう)と雨、それに寒さの中、主だった観光地を見て回った。壱岐は3回目だったが、幾つか調べてみたいことが見つかった。
例えば「月読神社」が芦辺町にあるのだが、伊邪那岐命の三貴子の中で最も影が薄い月読命を祀った神社が何故壱岐にあるのか?
例えば「猿岩」。神が壱岐を造ったとき、壱岐が流れてしまわないように八本の柱に壱岐を結わえ付けた。それらの柱のうち折れ残ったものが現在の猿岩だという。この話は記紀にはないはずだが、「八本の柱」とは何なんだろう?
他にもこの島に残る「百合若伝説」や「神功皇后伝説」についても調べてみたい。

そして、13日。マラソン大会当日がやってきた。幸い雨はやみ、強風も収まった。

この大会、島外からも多くの参加者が集まっている。最も遠くから参加した方が表彰されたが、この方は北海道・札幌から来島されていた。また、高齢の参加者が表彰されたが最年長は何と86歳で、80歳以上の方は8名おられた。

さあ、いよいよスタートの時が来た。エントリーしたのは一般5キロ。スタートから坦々と走り出す。今回は特に野心があるわけでもなく、30分以内に完走できればよいと考えていた。しかし半分ほど走ったところで自分と同年輩と思える人がそれほど見当たらないことに気付く。この大会は20歳代以下・30歳代・40歳代・50歳代・60歳代・70歳以上という年齢グループ内で上位6名が表彰される。だから「うまくすれば表彰」という思いがチラッと頭を過ぎる。

しかしこの思いは直ちに打ち消された。折り返したランナーたちがすれ違って行ったのだがその中に多くの同年輩や年長の人達がいた。そこで自分の位置がはっきりとわかった。いっぺんで力が抜けたが、こうなれば完走を目指すのみ。折り返しからはやや苦しかったがゴールをひたすら目指す。沿道から住民たちが旗を振って声援をおくる。この大会が島のイベントとして定着しているのがわかる。

ゴールが迫ってくる。見ると前を自分と同年輩とおぼしき人が走っている。一瞬アスリートの気分になり、必死に走って追い抜く。そして、ゴール。

身に着けていたタグでタイムが自動計測され自分の記録証をもらう。24分台だった。”まあまあ”という記録だ。しかし終わってみると5キロはなんとなく物足りなく感じる。

今年中にハーフマラソンを完走する。これを今年の目標にする。

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お正月が来た

「お正月」がやってきた。

子供の頃、「お正月」はなんだか分からないけど、
ウキウキと心がはずんだ。

「お正月」という唱歌の歌詞は次のようだった。

もういくつねるとお正月
お正月には凧あげて こまをまわして遊びましょう
はやく、来い来い、お正月

この歌には、「お正月」を待ちわびる子供の気持ちが
よく現れている。子供たちがそれほど待ちわび楽しみにした
のは、「お正月」が「特別な日」だったからだろう。
1年が終わり、新しい年がやってくる。
そのとき人々の心は改まり粛然とした。
「お正月」の日々は商店も全て閉まり、道路は
車もほとんど通らなかった。

ところが、いつの頃だったか元日も休まず営業する
「コンビニエンスストア」なる業態が出現する。
更には「ダイエー」が元日からの営業を始めたのを
機に多くの商店が元日営業をするようになった。
それに合わせて人々は元日から買い物をする。
街は「お正月」も人であふれている。

これで旧年と新年の境がなくなった。
「お正月」が特別な日ではなくなってしまった。

コンビニやダイエーが行ったことは、
以前から始まっていた「お正月が普通の日になる」
という変化を完成したに過ぎないのかもしれない。

しかし、人々が精神をリセットして生きていくためには
「お正月」のような特別の日が必要なのではないか。
それがなくなったために人々は古い垢を落とすこともなく、
ダラダラとメリハリなく生きるようになってしまったのではないか。

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42.195km

12月2日の「福岡国際マラソン」の事前イベントとして、本日「福岡国際42.195キロウォーク」が開催された。この催しは昨年から始まったもので、「42.195キロ」、「21.1キロ」、「10キロ」、「5キロ」の4コースが設定されている。「42.195キロ」コースは福岡国際マラソンと同じコースを歩くもので、わたしはこれに参加した。

わたしの長距離ウォーキング歴は高校時代の「2つの歩き」に遡る。1つは福岡~佐賀間を峠越えで約60キロを歩いた。もう1つは福岡~久留米間を約40キロ歩いた。

今回の42.195キロはそのとき以来だから30数年振りに歩く距離ということになる。高校時代のこの2つのウォーキングでは実に疲労困憊したことを覚えている。終盤は足を引きずりながら喘ぎ喘ぎ歩いたものだった。あれから長い年月を経て老化したからだを考えると不安を覚えないではなかった。しかし一方ではこの間行ってきたトレーニングの成果を確認したい思いもあった。

毎年TVで福岡国際マラソンを見ているが、2時間少々でレースは終わってしまう。コースの各ポイント間もひどく近く感じる。しかし今回歩いてみてTVで見るのとは全く違う距離感を実感した。すぐ近くにあるはずの次のポイントが歩けども歩けども見えてこない。またクルマで運転している時の距離感とも当然ながら全然違うのだ。これが歩くことによる距離感なのだ。

結局、約7時間かけて全コースを完歩した。歩き終わって感じることは、高校時代の2つのウォーキングと比較すると遥かに余裕があったことだ。晩秋の街路樹の紅葉も楽しむことができた。トレーニングの効果も確認できた。そして歩くことの楽しさも改めて発見した。

ウォーキングは今後わたしの重要な趣味の一つになるだろう。

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助走

11月に「助走」というタイトルでこのブログを始めてから3ヶ月ほどが過ぎた。

テーマも決めず流行のブログなるものを自分もやってみようか、といった軽い気持ちで始めたものだ。そのため本格的に開始するまでの、様々な設定方法などを学びつつ書くべきテーマを模索する準備期間として仮のタイトルとして「助走」を選択した。年があければタイトルを変更しデザインも変えリニューアルするつもりだったが結局そのまま現在に至っている。

当初は他人に読んでもらうことも期待せず、そして実際にアクセス数も一桁といった状態で推移していた。しかしどうしたことかこんな「助走」にも次第にアクセス数が増え、この3日間ほどは3桁に上っている。そうなってくるとこの「助走」というはなはだ不細工なタイトルにもある種の愛着を覚え始めている。

そこで当面はこのタイトルを続けてみようと思う。「おまえの助走はいつまで続くのか?お前の踏み切りはいったいいつなのか?」と問い詰められそうだが、そもそも人生というものはいつも助走と踏み切りの繰り返しではないのか。踏み切って着地してもそのときは次の助走を始めている。そして人の一生はそもそも死に向けての助走ではないのか。

そんなことを次のタイトルを見つけることができない怠慢に対する言い訳のように書いてみた。

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丁亥(テイガイ・ひのとい)

当初、本日1月1日をもってブログのタイトル・デザインを一新し、これまでの試験段階から本番としてのブログをスタートする算段だった。
しかしタイトルをどうしても思いつかない。やむを得ず当面この「助走」というやや無様なタイトルのまま継続することにする。

さて、今年は亥年だが十干と組み合わせれば丁亥(テイガイ・ひのとい)ということになる。丁亥について、Wikipediaによれば「陰陽五行では、十干は陰の十二支は陰ので、相剋(水剋火)である。」とされている。

前回の丁亥は1947年であり日本国憲法が施行された年に当たる。この憲法を変えるという安倍政権が登場した。日本国憲法が「火」で安倍政権が「水」なのか?それとも安倍政権が「火」であり、これを消す「水」が現れるのか?

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温泉にて

近郊の山に登った帰りに温泉に入った。

最近思うことだが男たちが風呂場で前を隠さなくなった。多くのオヤジたちがブラブラさせて平気でいる。若い頃、風呂屋に行くとみんな前をタオルで隠していた筈だ。私は今でも隠している。必ずしも恥ずかしさからというよりもそれが当然のエチケットだと思っている。

サウナ室では胡坐をかいて股間を堂々とさらしているオヤジも見た。まさにイチモツがチン座ましましている。

浴槽にメタボ系の巨体を頭まで沈めて潜水していた40代ぐらいのオヤジもいた。かつて子供が浴槽内で泳ぐと親が注意していたものだが。

こうした行いをして恥ずかしくないのか?金を払って温泉でストレスを解消に来ているのだから、身も心も弛緩したいということなのか。

恥を忘れた日本人ということで例に出されるのは、電車内で化粧をする若い女達だが、温泉でのこうしたオヤジ達を見ると日本人の広範な層で恥は急速に失われてきているように思われるのだ。

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12月

12月だ。
来年やりたいことが次々に自分の中で頭をもたげてきた。こうしたことは数年前には考えられなかったことだ。残り1ヶ月でこれらのことを具体的イメージにまで成長させなければならない。

もちろんブログの本格スタートもその1つだ。まずはタイトルとハンドルネームを考えなければならない。

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イノシシ

私はこの4年ほど近くの山にトレーニングとして土日の早朝にジョギングorウォーキングに出かけている。

昨年の今頃、その山の展望台である動物を見かけた。最初は犬だと思ったその動物は良く見ると茶色の豚のようだった。そばの人から与えられる餌をひたすら食べていた。回りを取り囲んだ人々が”イノシシ!”という声をあげている。「そうかこいつは”イノシシ”なんだ」とその時わかった。

その後この1年間、その展望台で餌を食べているイノシシをよく見かけた。春には子供を産み7匹のウリ坊を連れてきていたらしいが、私がその子供たちを見かけたときは既に”ウリ”の模様は消えていた。

来年は亥年だ。年賀状にこのイノシシの写真を利用できないかと考え、昨日デジカメを持って山へ出かけたが、時間が遅すぎたようで撮影することはできなかった。今日、 時間を早めて行ってみると奴は来ていた。その時とった写真がこれだ。まだ夜明け前の暗い中、餌を食べている姿を撮ることができた。061126c

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始まり

ブログなるものを開始する。

ただし本格スタートは来年からと考えており、年内はその準備期間とする。その間は操作法の習得と来年からのテーマを模索したい。

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