木喰

木喰(もくじき)という彫刻家がいる。
江戸時代後期に大量の仏像を彫った人物だ。江戸期の仏像彫刻家といえば円空が有名だ。木喰は円空ほどには一般に知られていないだろう。(いま、記事を入力中に”円空”は変換できたが、”もくじき”は”目次記”となってしまった。)

今日、福岡市博物館木喰展を見に行った。私は木喰仏(木喰が制作した仏像をこう呼ぶ)を直に見るのは初めてだったが、これまでに味わったことのない種類の感動を覚えた。例えば次にリンクする2体の像をご覧頂きたい。

薬師如来像

自身像

如何だろうか?
この独特な微笑が木喰の特徴なのである。なんとも表現のしようのない微笑だ。しかし、木喰仏の全てが微笑んでいるわけではない。例えば、不動明王像などは微笑んではいない。(今回の展覧会では不動明王像が数体展示されており、そのうち一体は傑作と呼ぶべきものだったが、残念ながらWeb上に発見することはできなかった。)

木喰の仏像制作の時期は30年に及ぶ。しかし、最初の仏像を作ったときは既に60歳を過ぎていた。つまり彼の制作期間は以後90歳を過ぎるまでということになる。当時としては例外的な93歳という長寿を得た人物なのだ。

彼は22歳のときに出家している。そして45歳の時に木食戒を受ける。これが”木喰”という名前の由来となる。”木食戒”とは五穀(米、麦、アワ、ヒエ、キビ)あるいは十穀(五穀+トウモロコシ、ソバ、大豆、小豆、黒豆)を絶ち、山菜や生の木の実しか口にしないという、厳しい戒律である。

木喰は全国行脚に旅立つのだが、既に56歳だった。その後、93歳で亡くなるまで蝦夷地(北海道)から鹿児島まで、日本列島のほとんどを遍歴しつつ、仏像を彫っている。その間、佐渡に4年間、日向(宮崎県)に7年間留まったのを例外として、一箇所に留まることは少なかった。

今回木喰展を見て、88歳を超えてからの最晩年の作品に傑作が多いことがわかった。独特な微笑みも最後に全面開花している。

木喰は仏像だけでなく、書画にも独特なものを残している。これらもWeb上で探してみたが適当なものが見つからなかった。是非、展覧会へ行かれるか出版物でご覧頂きたい。

最後に、木喰の短歌を2首。

みな人の 心をまるく まん丸に
どこもかしこも まるくまん丸

まるまると まるめまるめよ わが心
まん丸丸く 丸くまん丸

(この記事はWikipediaの木喰の項を参考にしました。)

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