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男と女

日米で男児の出生数が減少し続けているというニュースに目が止まった。以下朝日新聞のサイトから記事を全文転載する。


日米で男児の出生率が減少 米ピッツバーグ大が統計分析

2007年04月16日23時37分

日米両国で70年代以降、男の赤ちゃんが生まれる率が下降傾向にあることが米ピッツバーグ大などの調査でわかった。70年代の男女比を基準に試算すると、数字の上では過去の30年間に両国とも13万人前後の男児が女児になったことになるという。米国立環境衛生科学研究所の専門誌(電子版)に掲載された。

 日本の統計(1949~99年)と米国の統計(70~02年)を分析したところ、両国とも70年ごろ以降、出生1万人当たりの男児の割合が減り始め、当時と最新年を比べると、日本では出生1万人あたり37人、米国全体では同17人、米国の白人では同21人減っていた。

 新生児のうち男児の割合は、日本では99年までの30年間で51.72%から51.35%に落ちていた。もし男女比が70年代のままだったら、数字の上では12万7000人の女児が男児として生まれていたはずだったという。米国の白人では、この数字が13万5000人だった。

 この間、胎児死亡に占める男児の割合は両国とも上昇傾向にあり、日本では50年代には半数をやや超える程度だったのが、最近はざっと3分の2が男児になっている。

 男児の減少はこれまでオランダやベルギー、カナダなどでも報告されている。同大のデブラ・デービス教授は「環境中にあるなんらかの汚染物質が、男女を決める遺伝子に影響を及ぼしているかもしれない」との見方を示している。


この記事によると日本の統計では、出生時の男児の割合は99年でも51.35%であるからまだ女児よりも男児が多く生まれていることになる。したがってそれほど問題にする必要はないように思われるかもしれない。しかし男児が女児より多く生まれることには理由がある。

元々、出生時には男児が多く生まれるが生殖年齢に達する頃には男女ほぼ同数になる。つまり男の子は女の子より”死にやすい”ためにより多く生まれてくるともいえるわけだ。したがって、もし男児の出生率が今後も低下し続けると、大人になったときには男性が女性より少なくなることになるだろう。

記事では男児の率が減る理由については2つの可能性を挙げている。1つは胎児死亡に占める男児の割合が上昇傾向にあることである。最近では何と胎児死亡の2/3が男児だということである。ただその原因については触れられていない。

もう1つは汚染物質が男女を決める遺伝子に影響を与えている可能性があるということである。いわゆる環境ホルモンが影響して男児を減らしているということだろう。

”死にやすい性”としての男はもちろん子供時代だけのことではない。大人になっても女性に比べて男性は死にやすい。その結果が平均寿命においての男女の大きな差となって現れている。

この”死にやすさ”の傾向については老後において男女で対照的になる、という記事がある。老後に女性は夫が生存している方が死亡リスクが2倍になるが、逆に男性は妻が死亡すると死亡確率が2倍になるという。少し古い記事だが朝日新聞の記事から転載する。


老後に夫と同居→妻の死亡確率2倍

2007年01月29日

 老後に夫と暮らすと、妻の死亡リスクが約2倍に高まる――。そんな調査結果を発表した愛媛県総合保健協会の藤本弘一郎医長が愛媛医学会賞に選ばれ、28日に松山市で授賞式があった。藤本医長は「夫が日常生活の多くを妻に依存している高齢者が多く、肉体的にも精神的にも妻には夫の存在が負担になっている」と指摘している。

 調査では、96~98年に松山市に隣接する旧重信町(現・東温市)で、60~84歳の男女約3100人に配偶者の有無や喫煙習慣、糖尿病や高血圧の治療歴など17項目を答えてもらった。

 約5年後の01~02年に対象者の生死を確認。調査中に死亡した男女計約200人と生存していた約2900人を比べ、配偶者の有無などが死亡に与えた影響を60~74歳と75~84歳(いずれも96~98年当時)で分析した。

 その結果、75~84歳では、女性は夫がいる方が、いない場合に比べて死亡リスクが2.02倍に高まった。一方、男性は妻がいる場合、いない場合に比べて0.46倍に下がっていた。60~74歳でも同様の傾向が見られたという。

 藤本医長は「夫の依存が妻に負担をかけている一方で、妻に先立たれると夫は身の回りのことを助けてくれる存在を失い、逆に死ぬ危険性が高まる。夫が家事などを覚えて自立することが大切だ」と話す。


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ティラノとニワトリ

まずは次の時事通信の記事をご覧いただきたい。


ティラノとニワトリは「血族」=6800万年前の骨から証拠-米研究班

【ワシントン12日時事】米ノースカロライナ州立大学などの研究チームは、6800万年前の恐竜ティラノザウルスの骨からタンパク質を抽出して分析した結果、遺伝的にティラノザウルスがニワトリの「血族」に当たる証拠を得たと明らかにした。研究論文は13日付の米科学誌サイエンスに掲載される。ロイター通信などが伝えた。
 鳥類と恐竜が進化上、近い関係にあるとの仮説は唱えられてきたが、分子レベルで確認されたのは初めて。鳥が恐竜から進化したとの説を補強する材料になるとみられている。


先月もこのブログで恐竜と鳥との類縁性について書いた。(「恐竜と鳥」)
今回の記事は直接ティラノサウルスの骨からタンパク質を抽出し分析を加えた結果を論文にした点が注目される。しかし2つの点が記事からははっきりしない。

1つ目は恐竜の骨からどのようにしてタンパク質を抽出したのかという点である。そもそも化石化した恐竜の骨からタンパク質を抽出することが可能なのか?

次に「遺伝的にティラノザウルスがニワトリの「血族」に当たる証拠を得た」ということであるが、ティラノサウルスのタンパク質と比較検討した「鳥」は「ニワトリ」だけだったのか。それとも複数の鳥のタンパク質と比較検討した結果、ニワトリのタンパク質がティラノサウルスのタンパク質と最も近かったということなのか?仮に後者だとしたらことは重大だ。何故なら、ティラノサウルスは単に鳥と類縁関係にあるというに止まらず、とりわけニワトリと近いということだからである。

この辺のところはオリジナルの論文を読んで見なければわからない。それにしてもこの記事の「ティラノとニワトリは「血族」」というタイトルには噴出してしまった。これではティラノサウルスを「ニワトリ科」(今の分類学ではこんな科名は採用していません。)に分類しなければならないように聞こえるではないか。

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カエルの呼称

以前このブログでカエルツボカビ症について書いたことがある。かつて私たちの身近に生存していたカエルが急速に姿を消しつつあり、その原因の一つがツボカビ症だということだった。

今回もカエルについて書こうと思っている。ただしカエルの方言についてなのだが。
時々訪れるブログでカエルのことを「ビッキョ」と呼んでいる書き込みに出会った。私はこの言葉に一種懐かしい語感を覚えた。私は幼いころ佐賀県に住んでいたのだが、カエルのことをこれとよく似た呼び方をしていた。「ビッキョ」ではなく「ビッキー」と。(「ビッキ」と語尾を延ばさない呼び方もあるようだ)

この国ではカエルのことをどういう言葉で呼んでいるのだろうか?Web上を検索してみると様々な言葉で呼ばれていることがわかる。「ビッキョ」に近い言葉だけをいくつかを拾ってリンクを貼ってみた。

ビッケ
ビッキタン
ビッキャ

これらは明らかに同一語源と考えていいだろう。一体何が語源だろうか?
「ビッキ=アイヌ語語源説」というのがある。すでに故人となっている北海道出身の彫刻家に砂澤ビッキという人がいる。この「ビッキ」という名前はカエルを表すアイヌ語から取った彼の愛称だということである。しかし「ビッキ」がアイヌ語起源だとすると何故その言葉が九州にまで分布しているのか?この議論はもしかすると日本語の起源説にまで及ぶかもしれない。

ところで佐賀で「ビッキー」と呼んでいたのは小型のカエルに限られていた。大型のカエルは「ドックー」という別の言葉で呼んでいたと記憶している。だがこちらの方はWeb上を検索してみてもピッタリの言葉に到達できなかった。ただ最初にあげたブログにコメントされた方が、「どんこびー」という言葉をかいておられた。これはもしかすると「ドックー」と関連するかもしれない。

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