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ブッダ最後の旅

五木寛之のインド旅行記『仏教への旅』(インド編)上・下を読み終えた。来年NHKで放送される番組に向けて五木寛之がインドをはじめとしてアジア各国・日本・アメリカを旅し、そのインド編を書籍化したものがこの本である。

八十歳の仏陀が自らの死期を覚り最後の旅に出るその道中を70歳を超えた五木寛之がたどる。仏陀は「この世は苦である」と説き続けたが、その最後の旅では「この世は美しい。人間の命は甘美なものだ。」と語る。

一見正反対とも思えるような二つの言葉をどう捉えればいいのか?様々に解釈できるだろうが、両方とも真というべきだろう。

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精霊の王

3週間ほど更新しなかった。時間がなかったわけではなかったが、精神的に余裕がなかった。

22日より「朝日新聞」にて夢枕獏の小説の連載が始まった。「宿神(しゅくじん)」という題だ。この小説の「序の巻」は「精霊の王」と題されている。これは2003年に出版された中沢新一の同名の論考に因むものである。この本において中沢新一は縄文に遡る古層の信仰形態の中心に存在する「シャクジ」なるものについて様々に論を展開している。実は「宿神」とはこのシャクジの別名である。

連載が始まったこの小説は歌人・西行とこの「宿神」との繋がりを主題とするものになるようだ。楽しみである。

※縄文の信仰については最近注目すべき出版がなされた。田中基(著)『縄文のメドゥーサ―土器図像と神話文脈 』 である。読後、ここで取り上げることになるだろう。

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温泉にて

近郊の山に登った帰りに温泉に入った。

最近思うことだが男たちが風呂場で前を隠さなくなった。多くのオヤジたちがブラブラさせて平気でいる。若い頃、風呂屋に行くとみんな前をタオルで隠していた筈だ。私は今でも隠している。必ずしも恥ずかしさからというよりもそれが当然のエチケットだと思っている。

サウナ室では胡坐をかいて股間を堂々とさらしているオヤジも見た。まさにイチモツがチン座ましましている。

浴槽にメタボ系の巨体を頭まで沈めて潜水していた40代ぐらいのオヤジもいた。かつて子供が浴槽内で泳ぐと親が注意していたものだが。

こうした行いをして恥ずかしくないのか?金を払って温泉でストレスを解消に来ているのだから、身も心も弛緩したいということなのか。

恥を忘れた日本人ということで例に出されるのは、電車内で化粧をする若い女達だが、温泉でのこうしたオヤジ達を見ると日本人の広範な層で恥は急速に失われてきているように思われるのだ。

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12月

12月だ。
来年やりたいことが次々に自分の中で頭をもたげてきた。こうしたことは数年前には考えられなかったことだ。残り1ヶ月でこれらのことを具体的イメージにまで成長させなければならない。

もちろんブログの本格スタートもその1つだ。まずはタイトルとハンドルネームを考えなければならない。

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